[薛/子]海花 ― 抄録 (第六回より) ―
かくていつしか春来たり秋往き、またたくまに二年は過ぎて、ここにフランス越南(安
南のこと)の戦役が勃発した。-------- 略 --------
ましてやこの一敗の後、大局はますます悪化し、海上では基隆(キールン=台湾)を失
い、陸地では諒山(ランソン=越南ベトナム)を奪われた。
もしその後で荘芝棟(張之洞のこと=両広総督)が、張國○(※1)の旧将、馮子材(実
名)を推挙して、俄然鎭南関でフランス軍を大いに破り、その数万を殺し、八日間に五、
六の都市を奪還してフランスの気勢を圧えつけなかったならば、中国の大局はどうなった
かわからなかったろう。
ただ惜しいことに威毅伯(粛毅伯・李鴻章のこと)はただ講和することしか知らず勝利
を得た機会を利用して、敗戦の時にとりきめた利権喪失の和約を、しゃにむに朝廷に迫っ
て署名させ、うやむやのうちに越南を人手に渡してしまった。かくてほかに賠償金や土地
の割譲はなかったから、これみな彼の外交折衝の大功として、国民はいつまでも心に銘じ
て忘れてはならぬものと相成ったのである。
それはさておき、フランス越南和約締結後、国民の中でも国勢に明らかなものは、大い
に嘆息し、外交で愚弄されたことに憤慨したが、多くの酔生夢死の高官貴人たちは、みな
小おどりして喜び、太平を謳歌した。当時の江西巡撫達興(徳馨トーシンのこと)もその
中の一人であった。-------- 略 --------
とある日のこと、◇青(※2=主人公の名)が地方をまわって省城に帰ってくると、江
以誠(汪以誠のこと=知県)が突然訪ねてきた。◇青は彼が巡撫のお気に入りの人物であ
ることを知っているので、さっそく請じ入れると、その知県は挨拶もそこそこに、一通の
赤い封書をさしだし、達巡撫からこれをお届けしてまいるようにとのことでござりました
といった。
あけてみると、それは明日正午、巡撫が彼を食事に呼ぶ招待状で巡撫のところで、どう
いう慶事があるのだろうと、◇青は不審に思って
「巡撫様のところで、明日何かあるのですか」
と、聞くと江知県は、いった。
「べつになにもございません、ただの遊びごとでありまして」
「遊びごとというと?」
「広西から参りました曲馬団でして、その中に雲南の苗族の女が綱渡りをやりますのが、
とても上手でございます。綱の上を自由自在に飛び回り、いろんな芸当をいたします。
一番変わっておりますのは、綱の上で歌いながら舞うやつで、『花哥曲』という、たい
そう長い歌を歌いますんで。これは名ある人が劉永福(実名 馬賊で南澳鎭総兵)の第二
夫人ために作ったものでして、"花哥"というのはその第二夫人の幼名なのであります。
曲の中にはいろいろフランス越南戦争の時の秘史が、よみこまれております。
大人にはぜひとも見物に、おいでくださらなくちゃ・・・・』
◇青も劉永福の事を歌うと聞くと好奇心が動き、さっそく必ず行くと答えた。
翌日になると、早くから巡撫の邸やってきた。達巡撫は、中門を開いてねんごろに請じ
入れ、まず花庁にはいって、茶を出し、省内各地を試験官として巡行した労をねぎらい、
また北京の時事についての雑談などしてから、次第に本題に入っていった。
◇青はいった。
「昨日、江知県から、私に綱渡りの芸当を、見物に来るようにとの、巡撫様のご厚意、お
伝えいただきました。其の一座は、なかなかうまいとのお話ですが、どこから来たのです
か」
達巡撫は、笑っていった。
「なあに子供だましですよ、女の子のね。江知県に頼んで、福建から呼んできたのです。
座長は実は広西のおとこですが、中に雲南のクオロー族(少数民族の一)の女が二人いまし
てね、黒旗軍の生き残りで、だから『花哥曲』が歌えるんです。花哥というのはその女た
ちの師匠の名なんです」
「劉永福のような老武人に、そんなロマンスがあろうとは思いもよりませんでした」
「その曲は多分、劉永福か馮子材の幕中の人が作ったものらしく、その曲の内容を見ても、
ロマンスばかりを語っているばかりでなく、大部分は、戦功をならべたてたものです。私
の見るところでは、曲の作者は、何か別に意図があったのではないでしょうか。
幸い向こうに、歌詞を写したものがあります。では、もうそろそろ始まりますから、参
りましょう。ご覧になればわかると思います」
巡撫はそういって◇青の先に立ち、役所の東の庭園にある、高く大きな四面庁(四面に
窓がある大広間)に案内した。見ると、広間のなかほどに、椅子が幾列も並んでいて、両
司(布政使と按察使司)や道府の知事、それに当地の主だった紳士達がすでに大勢来てお
り、◇青のはいってくるのを見ると、みな立ち上がって挨拶した。江知県は、とくに愛想
よく、とびまわって世話をし、◇青を前列の中央に座らせた。達巡撫はそのそばにすわっ
た。
◇青はざっと見た。広間の下手に珠簾がさがっているのは、どうやらきれいに着飾った
ご婦人らしい。巡撫の令嬢もその中にいるのだろう。綱渡りをやる場所は大庁の軒下の廊
下の外に設けられ、一本の大きな綱が、その両端を三叉の木の台に縛ってきつく張り渡さ
れ、そのときもう芸当は、はじまっていた。
それは、十七、八歳の蛮女であった。色白で、眼すずしく、ボタンのぎっしり並んだ水
色の襦袢、小足の足首をしばった桃色のズボン、二つの小さな纏足した足、頭には白絹の
角型のバンド、手には五尺ほどの棒をもっているが、その棒には、白い糸を巻き、両端に
黒い穂(ふさ)がある小さな球がさがっている。彼女は今しも綱の上を、高くなり低くな
りつつ、いとも自由自在にいったり来たりしている。堂の下のほうで、ギーコギーコと胡
弓が鳴りだすと、その女はしなをつくって綱をわたりながら、なまめかしい声でゆっくり
と歌いだした。
そのとき江知県は、◇青の前へきて、黒い布表紙の小さな冊子をさしあげた。その表紙
には、『花哥曲』と三字書いた赤い標題の紙が張ってあった。◇青はそれを見ながら彼女
が非常に歯切れの良い北京官話の発音で歌うのを聞いた。
(※1)張國○ ○=リァン、木ヘンに梁という字 実名
(※2)◇青 ◇=ビン、雨カンムリに文という字 本書の主人公の名
『花哥曲』をとばしてすすむ
―――――― 花哥曲 ――――――――――――――――――
人里はなれた山奥を 飛ぶように行く苗族の
わたしは若い乙女です わたしは黒旗軍の女隊長 血の雨肉の嵐の中
この幾年を暮らしてきた わたしは劉将軍の昔の愛人 (第一節)
劉将軍よ 劉将軍 あなたは上思州のお生まれで
げにも不思議な方でした 長毛などにはならないで
強盗になり鎮南を出て 越南へいかれました (第二節)
保勝(老開)に何(ホー)大王なる奴がいて 草きるように人をきり
辺境の地をみだしてた そこで将軍のりだして
奴をば斬ってその部下と 土地をば残らず取りあげた (第三節)
劉将軍は虎のよう 部下の兵士は兎のよう 神出鬼没のはたらきに
黒旗隊の行くところ 恐れぬものはいなかった (第四節)
フランス国は通商を 阮哥(越南王)にせまりサイゴンを奪った上に
さらにまた紅河(ソンコイ)河を渡らんと フランスの将アンエーは
奸智にたけた男にて 黄崇英を籠絡し 無頼のともがら数万を
集めて黄旗隊と名づけ河内(ハノイ)に内乱おこさせた (第五節)
そこであわてた越南王 阮家福は使いをやり 劉永福を味方につけ
黒旗で黄旗を追い払おうと 彼を三宣大都督に任命した (第六節)
大砲ははやい鉄砲はあたる 黄旗軍ではその上に 洋式訓練しこんでいて
刀や槍では歯が立たぬ とてもとても歯が立たぬ (第七節)
さすがは将軍かねてから かくあるべしと軍中に
訓練していた飛雲隊 自由自在に空中を 飛仙のごとく往来し
百丈も在る綱の上を 平気で渡る苗族の女 (第八節)
わたしは飛雲隊の女隊長 名は花哥(ホァコー)という剛の者
枚(ばい)を銜(ふく)んで夜の道を 突っ走ること三百里
劉将軍のお供して 宣光(チェンクァン)までのりこんだ
敵は陣屋を大嶺の 高い崖の上に構えてて
兵隊どもは寝静まり 月は隠れて暗かった (第九節)
将軍そのときわたしを呼び わたしの肩をたたきつつ
微笑み浮かべていわれるよう 今夜のいくさにお前がもし
抜群のてがら立てたなら お前を妻にしてやろう (第十節)
世にも不思議な命令を 受けてわたしは考えた 英雄の妻になれるなら
なんの命が惜しかろう ぽっと紅らむかんばせを
刀の光に照らしつつ 喜び勇んでお受けした (第十一節)
山の麓の方々に 大部隊をば伏せさせて わたしは飛雲全隊を
ひきいて崖の裏にまわった 三百の腰 六百の腕
銀蛇のようにうねうねと 雲の中にと没して行った (第十二節)
俄かにおこる吶喊(とき)の声 焔は天をこがしつつ
あわてふためく敵陣に さっと切りこむ紅蓮隊
青龍刀えいと打ちおろせば たちまち舞い飛ぶ敵の首
鉄砲かつぐひまもなく 大砲放つひまもなく (第十三節)
劉将軍はただ一騎 天から降ってきたかのよに 四方に伏せた勇士らは
十重に二十重にとり囲み 蟻のはいでる隙もない
ついにアンエーは落命し 崇英だけはとり逃がしたが
この一戦に威名揚がり 初めて馬から下り立った (第十四節)
かくてわたしは将軍の 第二夫人となりまして
いくさの庭にともに寝ね 二人並んで飛びまわり
毎日毎日フランスを やっつけることだけ考えた
ああそれなのにわたしたちは 悪い星の下に生まれたのか
越南王の婿君の 黄佐炎(ホァンブイエム)にねたまれた
彼は外国と内通し 越南王をば欺いて 裏で将軍を排斥し
敵地に攻めて行くことをどうしても許してくれなかった (第十五節)
保勝・山西一帯の 守備を幾年受持って
越南の地を保障して わが辺境を固めたのに
げにいやらしいフランス奴 またも戦争しかけてきた (第十六節)
戦争戦争また戦争 越南そこで大騒ぎ 広東・広西・雲南も
また大ゆれにゆれ動いた にくらしいのは黄佐炎
中国に援兵乞いながら フランスからも金をもらい
六度にわたって将軍に 出動するように促したが
将軍なんで騙されよう (第十七節)
三省督弁・李鴻章 広東総督・曾国○
李鴻章は講和論 曾国○は主戦論 曾国○は唐景菘を
千里はるばる将軍の もとに派遣し将軍にまみえ献策していうよう (第十八節)
(※○は、草カンムリに全という字)
三つの策のそのうちで 第一策は南交趾 取って自ら王となり
わが中国の皇帝から 王の封号請い受けよ それがだめなら兵隊を
ひきつれフランス人を打ち 昔漢の班超が 異域に手柄立てたよに
あくまで保勝の地を守り 死んで後やむ意気で行け (第十九節)
将軍きいて大いに喜び 心から清国皇帝に 忠誠誓って軍を出し
紙橋(チーキョウ)における一戦に 敵の心胆寒からしめ
フランスの将リヴィエールを 手ずから斬ってすてました (第二十節)
越南王が急死して太妃自ら政を摂り 補佐の大臣阮説は
黄佐炎を手をにぎり ひそかにフランスにこ降伏し
秘密条約締結し 事もあろうに将軍を 暗殺しようとたくらんだ (第二十一節)
わたしの在所の山奥に わたしの元の夫がいて
狐のように狡猾で 狼のように悪い奴
黄佐炎が将軍の 首にかけたる懸賞の お金が欲しいばっかりに
帰順したいと偽って 我らの陣屋にやってきた (第二十二節)
長年別れていたけれど 会えばさすがになつかしく
人目をぬすんで会っていた
するとあの奴そろそろと 昔の義理にからませて
劉将軍へのとりもちを しつこくわたしに頼みこんだ (第二十三節)
将軍わたしを信用し 彼をたちまち一足とび 大隊長にとりたてた
ところが彼はこっそりと 自分の仲間を引き込んで
ある日わたしをうまうまと テントの中にだまし入れ
ぐでんぐでんに盛りつぶした (第二十四節)
フランス軍としめしあわせて 山西(ソンタイ)の陣に夜襲をかけ
内と外から一斉に 四方八方に火をつけて
黒旗隊の兵士をば 当たるを幸い斬りまくった
将軍だけはただ一騎 血路をひらいて逃れでた (第二十五節)
わたしが酔いから醒めたとき あたり一面焔の海
よしなき私情にほだされて つい気迷ったばっかりに
悪性者につかまって 逃げようとても隙はなく
馬の背中にくくられて 追い立てられていきました (第二十六節)
幸い途中で向こうから 一隊の兵がやってきた 馮督弁の部下の将
潘瀛という人でした たちまち叛徒をやっつけて
一人残らず斬り殺し わたしを救ってくださった (第二十七節)
聞かれるままに正直に わけを話すと潘瀛は さっそく黒旗隊本部に
迎えの者をよこすよう 知らせてやろうといったけど
わたしは自分の犯した罪 知ってる手前いまさらに
英雄の妾になれようか (第二十八節)
わたしのおかげで将軍は 長年鍛えた精鋭を むざむざなくしてしまわれた
わたしのおかげで将軍の 名誉にきずがつきました
わたしのおかげであいついで 山西(ソンタイ)北寧(バクニン)に敗北した
わたしのおかげで唐炯と 徐延旭は職を免ぜられ
その上罪に問われました (第二十九節)
わたしのおかげで将軍は威毅伯(李鴻章のこと)の弾劾を受け
もしも岑毓英さまが もしも彭雪琴さまが
権力をもってかばい 軍費を出してくださらなかったら
どうして宣光・臨○の 二度の勝報が聞かれたろう (第三十節)
(※○は、サンズイに兆という字)
わたしはいまさらどの面下げて 黒旗隊の営門くぐりましょう
いっそ馮軍に加わって死に物狂いに戦って
弾丸の雨と硝煙に流るる熱い血をもって
自分で作った傷口をきれいさっぱり洗いたかった (第三十一節)
七十歳の老将軍 馮子材は万人の兵を従え鎭南を
守備にこられたその時は 馬尾(マーウェイ)の艦隊は炎上し
諒山(ランソン)の地は奪われて
わが海軍も陸軍も各地で さんざん負けていた (第三十二節)
馮将軍は部下をはげまし 長いとりでを構築し
威光は張国○将軍に おさおさおとりはしなかった
後には王孝祺 前には王徳榜 もっぱら敵の来攻を
かたずを呑んで待っていた (第三十三節)
(※○は、木ヘンに梁という字)
果たして敵は全力を あげて攻め入り砲声は 天いっぱいに轟いた
将軍すっくと突っ立って 大音声に呼ばわるよう
者ども動くではないぞ 退く奴はこのおれが
ただちに斬ってすてるぞと (第三十四節)
忽ちひらく陣屋の門 長髯しごいて将軍は
者どもわれにつづけよと 大音声に呼ばわれば
二人の子息そのあとから 靴も履かずにとびだした (第三十五節)
そのときわたしは遅れじと 燕(つばくら)よりも軽がると
猿(ましら)のごとく走りゆき たちまち味方の先頭に
立って彼方を見渡せば 砲火は天に立ちこめて
星の数よりおおかった わたしはたちまち敵軍の
砲手を斬ってさらにまた 砲(つつ)の火縄を断ち切った (第三十六節)
わが潘瀛は双肌脱ぎ 辮髪ぐるぐる首に巻き
腕振り上げて突撃と 命をくだせば十万の 兵士いずれも勇みたち
山をもわけんず勢いで えいやえいやとすすみゆく
孝祺は部下を従えて 飛びつまろびつもろともに
敵陣めがけてまっしぐら
徳榜もまた横手から 勇を奮って突撃し 敵の中軍を中断し
数万からの敵兵を 縦横無尽に斬りまくり
双手をさしあげ帽を脱ぎ 白旗掲げる敵兵に
なおも鉄砲ぶっぱなし 大根斬りに斬りつけた (第三十七節)
八日八夜に二百余里 逃げ行く敵を追撃し
文淵(ブンウィエン)・諒山(ランソン)をはじめとし
一年以来取られていた 土地を残らず取り返し 勝に乗じて長駆した
まったく胸のすく思い もう一戦やらかせば
苦もなく交趾は取れたろう (第三十八節)
この報道に威毅伯(李鴻章のこと)は あわてくさってやみくもに
あとさきかまわずフランスと 和議を締結いたされた (第三十九節)
戦がすむと馮将軍は いやしい蛮地の女たる わたしのたてた戦功を
表彰なさってくださった わたしの罪は重いけど
手柄で罪をつぐのえば つぐのいつくかもしれませぬ
いざ鐃歌もてわたくしの 懺悔の気持ちを歌いいで 昔のような愛情を
もいちど賜りまするよう お願いしましょうわが夫(つま)に (第四十節)
―――――――――――――――――― 花哥曲・終 ――――――
― 抄録 つづき ―
この「花哥曲」の歌が終わると、雷鳴のような大喝采が満堂の空気をふるい動かし真白
い褒美の銀子が雨のように赤い絨毯の上にばらまかれ、その赤と白の対照が目にあざやか
だった。
◇青らも人々が銭を投じたあと、二十枚の銀貨を投げた。するとその苗族の女は綱から
とびおりてきて、たおやかに巡撫と◇青の前に進みより、ありがとうございます、といっ
た。◇青は彼女にたずねた。
「なかなかうまいね。その曲は誰に教わったのか」
「この曲はわたしどもの方ではごく、一般的に歌われております新曲でございまして、ほ
とんど誰でも歌えます。それに曲の中で歌われておりますのは、わたくしどもが実際にや
りましたことでございますので、かんたんにおぼえられるのでございます」
と、苗族の女は答えた。達巡撫はいった。
「お前たちはほんとうに黒旗隊で婦人兵士をつとめていたのかね」
苗族の女はうなずいた。◇青はいった。
「では、お前たちは、その花哥の部下だったのか。で、いつ軍隊は解散になったのだね」
「山西(ソンタイ)での戦いに負けたのち、飛雲隊は解散いたしました」
達巡撫はいった。
「いま、花哥はどこにいる」
「劉将軍のお邸に引き取られていったそうです」
◇青が、
「花哥の腕前はどうだね。お前よりも上か」
というと、苗族の女は笑っていった。
「大人、ご冗談を。私どもはあの方に仕込まれましたのです。どうして比べものになりま
しょう。黒旗隊の強いのは、まったく盾隊のおかげでして、その盾隊の花といわれたもの
が、つまりこの飛雲隊なのでございます。そして花哥はその飛雲隊のかしらなのです。私
どもが比べものにならぬのはおろか、恐らく天下無双といってよいかと存じます。だから
劉将軍はどうしても彼女をお手放しになれないのでございます」
問答をかわしている間に、ホールではすでに宴席の用意がととのえられた。云々・・
-----略------
(※◇青 ◇=ビン、雨カンムリに文)
松枝茂夫 訳 『中国現代文学選集1/ 清末・五四前夜集』(平凡社)より
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