(↓変換出来ない字が多くてスミマセン)
     
    十三は、祖父を同じくする兄弟たち(いとこたち)を、男女べつに年長者か
   ら順番に数えていった数。は、母の姉妹を意味する言葉で、黄飛鴻にとっ
   て母方のおばさんのことである。つまり黄飛鴻の母の姉妹たちの十三番目と
   いうことを意味する。父方の姉妹であれば、姑の字を使い十三姑となる。
    
    また、父や母の兄弟の妻達も、飛鴻にとっては "おば" にあたるわけだが
   その場合のおばは、父方の兄弟の妻が、女ヘンに審の字で[女+審](シェン)
   という字、母方の兄弟の妻は、[女+今](コン)という字をあてる。
    おばと言う字だけで、4つ!!もあるの!?ということになる。

    そしてややこしいことに、たとえば父の黄騏英が、この"おばさんたち"、
   つまり自分の兄弟の妻達をよぶ場合、嫂(あによめ)は[女+由] (ジク)、弟
   の嫁は[女+里](リ)の字を使うというふうに変わっていく。
    こうした、数字のあとにつづける呼称は、呼びかける側の立場と、相手と
   の関係によって変化していくわけである。

    たとえばワンチャイシリーズの四『天地王覇/黄飛鴻之王者之風』に王静
   瑩演じる十四妹という女性が登場するが、十四妹とは、十三姨がよびかける
   時の言いかたで、飛鴻が彼女を呼びかける時は、やはり母の姉妹たちの十四
   番目なので、十四姨となり、また十四妹が十三姨を呼びかけるときは、姉を
   意味する姐(シャ)をつけて十三姐となる。
    また、黄騏英が十四妹をよぶときは、妻の妹をあらわす[女+弟] (ティ)
    の字を使う。妻の姉ならば[女+以] (ジ)である。 

    一見、煩雑で非常にわかりにくい慣習におもえるが、この呼びかたによっ
   て、その人が、だれの兄弟姉妹か、また数字が入ることによって何番目なの
   かをいちいち説明しなくてもわかるような仕組みになっている。
    四世同堂とよくいうが、四世代、五世代の大集団で、"家"を構築する事が
   もっとも幸福であり究極の目標とされる大家族制のもとでは、また、年長年
   少の別を重んじる儒教社会にはなくてはならないものなのだろう。
    日本でも叔父(母)、伯父(母)のように、年長の場合に、年少の場合に
   の字をあて、兄弟の順序で字を変えるというように、便利につかいわけられ
   ているものもある。
    昔の小説なんかでよく出てきた、末っ子について特にという字をあて季
   父(おじ)さんというのはこの頃はとんとみかけなくなったが・・・・。

    ワンチャイシリーズの『天地大乱/黄飛鴻之二男兒當自強』で十三姨が、飛
   鴻が初めて名前を呼んでくれた、といって喜ぶシーンがあるが、十三姨とい
   う進歩的な女性は、女に名前なんか要らない、という当時の男尊女卑の風潮
   に反発もあり、煮え切らない飛鴻というのは、彼女にとっては中国の旧社会
   の象徴であっただろう。逆に飛鴻が彼女の名前を呼んだということは、相当
   大胆なのだ。だってほんとは、"ジュウサンオバサン"とよばなきゃならない
   んだから。


   (・・・・中国人にとっては常識なのかもしれないが『紅楼夢』や巴金の『』
   のように大家族をテーマにした物語を読んだ時、この仕組
   みが厄介で、慣れるのにずいぶん苦労した。
    ただでさえ脚注が多くてわずらわしいのに、物語が展開
   していって面白くなってくる前の段階で覚えなきゃならん
   ことが、じつに、実に、ジツに多い。
    こんな煩雑さに、ひけてしまって紅楼夢読みがどんどん
   減っていく・・・・のは寂しいかぎりなので、ぜひ、深く考え
   ずに無視して、どんどんしゃかしゃか、読み進んでいって
   ください。きっとハマってやめられなくなります。(と書
   いておこっ・・・・。)    
  
』−上巻 巴金 著 →岩波文庫版(上・下アリ)    



        『紅楼夢』 曹雪芹


松枝 茂夫 訳
全十二冊
岩波文庫


伊藤 漱平 訳
全十二冊
平凡社文庫


伊藤 漱平 訳 上・中・下 平凡社
奇書シリーズ